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亀山社中と珈琲

合資会社オーケーオフィスコーヒー

〒850-0831 長崎県長崎市鍛冶屋町2-11-5F

TEL 095-822-1010 FAX 095-822-1110

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亀山社中と珈琲~

日本の珈琲年表

1609年 (天正14年) 平戸に和蘭商館が開設され、コーヒーが伝えられたと言われています。
1724年 (享保9年) オランダ人による、西洋のテーブル・マナーの講義をまとめた「和蘭問答」の中に、コーヒーと思われる記述が出てきました。
1804年 (文化1年) 日本人として、初めてコーヒーを飲んだ体験を書いた太田蜀山人は、コーヒーは焦げ臭くて味わうにたえないと書いています。
1826年 (文政9年) 医師シーボルトは、コーヒーは長寿をもたらす良薬であると「薬品応手録」でコーヒーをすすめました。
1858年 (安政5年) 自由貿易が開始され、コーヒーも正式に輸入されるようになりました。
1869年 (明治2年) 横浜で発行されていた邦字新聞に、初めてコーヒーの広告が掲載されました。
1878年 (明治11年) 小笠原で初めてコーヒーの栽培を試み、4年後に収穫がありましたが、一般の栽培は行われませんでした。
1888年 (明治21年) 東京下谷で初めて豪華なヨーロッパ風カフェ「可否茶館」が開店しましたが、4年後には閉鎖してしまいました。
1910年 (明治43年) 横浜に小売と喫茶を兼ねた、不二家洋菓子店が開業しました。
1911年 (明治44年) 東京銀座に洋画家松山省三の「カフェ・プランタン」、水野龍の「カフェ・パウリスタ」が開店しました。
1912年 (大正1年) 「カフェ・パウリスタ」が各地に喫茶店を開店しました。
1930年 (昭和5年) 東京のカフェは7000軒にものぼり、女給と呼ばれる人たちが1万7千人働いていました。
1934年 (昭和9年) コロンビアコーヒーの輸入が始まり、このころカフェは全国で約3万軒に達しました
1935年 (昭和10年) サロン風の喫茶店が大流行し、繁華街から学生街までブームが広がりました。
1936年 (昭和11年) 日本に初めてブルーマウンテンコーヒーがロンドン経由で輸入されました。
1938年 (昭和13年) 戦時体制の強化により輸入規制が始まり、コーヒーの輸入量は前年の半分に減少しました。
1939年 (昭和14年) コーヒーに10%の税金がかかるようになり、コーヒーの代用品が出回るようになりました。
1942年 (昭和17年) コーヒーの輸入が完全に途絶えました。戦時中は統制会社日本コーヒーによりレギュラーコーヒー、インスタントコーヒーが製造され、軍に納入されました。
1945年 (昭和20年) コーヒー豆不足が5年後の輸入再開まで続き、コーヒー豆は貴重品でした。
1949年 (昭和24年) 連合軍放出コーヒーの払下げが行われ、各地の組合を通じて家庭配給されました。
1950年 (昭和25年) 8年ぶりにコーヒーの輸入が再開され、品不足のために50%に上がっていた税金は、30%に引き下げられました。
1953年 (昭和28年) 戦後初のブルーマウンテン輸入。ブラジルで大規模な霜害が起き、国際コーヒー市況が高騰しました。
1956年 (昭和31年) インスタントコーヒーが初めて輸入許可されました。国産のエスプレッソマシンが初登場したのも、この年です。
1960年 (昭和35年) コーヒー生豆の輸入が全面自由化になりました。国内メーカーがインスタントコーヒーの製造を開始しました。
1961年 (昭和36年) インスタントコーヒーの輸入が全面自由化になりました。日本インスタントコーヒー協会が発足、インスタントコーヒーブームの幕開けです。
1963年 (昭和38年) 日本珈琲輸入協会、日本グリーン珈琲協会が設立され、全日本珈琲協会が新体制で再発足しました。
1965年 (昭和40年) 全日本珈琲協会が解散し、全日本コーヒー振興協会が発足。翌66年には、全日本コーヒー協会と改称しています。
1967年 (昭和42年) 1フリーズドライ製法による製品が登場し、インスタントコーヒーは新時代に入りました。
1969年 (昭和44年)
日本コーヒー振興委員会(JCPC)「飲むんだったらコーヒー」のキャッチフレーズで全国的なキャンペーンを展開。インスタントコーヒーには、スーパーなどのオリジナルブランド品がでたりと、出荷1万トンを超えました。
1971年 (昭和46年) インスタントコーヒーの年間消費量が1万2000トンを突破。家庭用レギュラーコーヒーも徐々に伸びをみせ始めます。
1974年 (昭和49年) コーヒーの原産国表示が開始されました。
1980年 (昭和55年) 全日本コーヒー協会が任意団体から社団法人化され、農林水産大臣の認可を受けました。
1983年 (昭和58年) 10月1日をコーヒーの日として新設、キャンペーンが実施されました。
1990年 (平成2年) 日本家庭用レギュラー・コーヒー工業会が設立されました。